東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2838号 判決 1963年10月31日
控訴人(原告) 荒井一郎 外七名
被控訴人(被告) 横浜市
主文
本件控訴を棄却する。
控訴審での訴訟費用は、控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人佐々木修二、同加藤宗治、同酒巻保輔、同新倉昭二、同細野暁一、同山本康男、同渡辺茂は被控訴人横浜市の、控訴人荒井一郎は横浜市教育委員会の各職員としての身分を有することを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、(証拠省略)は、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
控訴代理人は、次のとおり述べた。
一、原判決事実摘示中の控訴人らの主張のうち、請求原因第二項の(一)から(五)までの主張ならびに被控訴人の抗弁に対する再抗弁の(二)および(三)の主張は撤回する。
二、横浜市長が控訴人荒井一郎を除くその余の控訴人らに対しなした依願退職処分および横浜市教育委員会が控訴人荒井一郎に対してなした依頼退職処分は、いずれも控訴人らが共産党員又はその同調者であることを理由として、控訴人らを被控訴人横浜市の職員から排除することを目的としてなされたものであるから、憲法第一四条に違反し無効である。
被控訴代理人は、原審での主張のうち、本案前の抗弁および控訴人らは本件和解契約の一方当事者の一部にすぎないから控訴人らのみで右契約を解除することはできない旨の抗弁は撤回すると述べた。
(証拠省略)
理由
控訴人佐々木修二、同加藤宗治、同酒巻保輔、同新倉昭二、同細野暁一、同山本康男、同渡辺茂(以下控訴人佐々木らという。)が被控訴人横浜市の、控訴人荒井一郎が横浜市教育委員会の各職員として勤務していたことは、当事者間に争がない。
いずれも成立に争のない甲第一、二号証、原審での控訴人荒井一郎本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる同第三九号証の二に原審(第一、二回)および当審証人川上小次郎、当審証人石河京市の各証言、原審(第一回)での控訴人荒井一郎、原審および当審(第一回)での佐々木修二、原審での酒巻保輔各本人尋問の結果を総合すると、横浜市長が昭和二四年八月二六日控訴人佐々木らに対し、横浜市職員分限規則第四条第一項第六号(事務、事業の都合により必要であるとき)に基き、横浜市教育委員会が同月三〇日控訴人荒井に対し、横浜市教育委員会職員分限規則により準用される横浜市職員分限規則の右条項に基きそれぞれその職を免ずる旨の処分(以下本件各免職処分という。)をしたことが認められる。
控訴人らは、本件各免職処分は共産党員又はその同調者を排除することを目的としてなされたのであつて、憲法第一四条に違反し無効であるから、控訴人らはそれぞれ上記各職員としての身分を保有する旨主張するに対し、被控訴人は、本件各免職処分の効力をめぐり当事者間に争があつたが、神奈川県地方労働委員会の斡旋により和解が成立した結果、控訴人らはその後依願退職をしたので、これにより右各職員としての身分を失つたものであるから、本件各免職処分の効力にかかわりなく、控訴人らは現在右職員たる身分を有しないと主張するので、まず、被控訴人の右主張について判断する。
控訴人佐々木らを含む被免職者二九名がその免職処分を不服として昭和二四年九月一三日訴外山田今次外二名を原告選定当事者、横浜市長を被告として横浜地方裁判所に解雇処分取消ならびに給料支払請求の訴(同庁昭和二四年(行)第一九号)を提起する一方、控訴人らを含む被免職者二六名が同様免職処分を不服として横浜市長および横浜市教育委員会を被申立人として神奈川県地方労働委員会に不当労働行為に対する救済の申立(同庁昭和二四年(不)第八号)をしたこと、同委員会が和解による解決を適当と認め、昭和二四年八月二六日付で依願退職とすること、申立人らは一切の係争を取り下げることの二条項を示して和解を勧告した結果、昭和二五年四月七日右申立事件の当事者間に右二条項を骨子とする和解契約(以下本件和解契約という。)が成立したこと、ならびに、本件和解契約成立に伴い控訴人佐々木らが横浜市長に対し、控訴人荒井が横浜市教育委員会に対し、それぞれ昭和二四年八月二六日付、同月三〇日付の各退職願を提出し、それぞれ横浜市長、横浜市教育委員会から、願により職務を免ずる旨の辞令を受けたことは、当事者間に争がない。
そして、いずれも成立に争のない甲第三号証および乙第二号証によると、本件和解契約の和解条項は、原判決別紙覚書記載のとおりであることが認められる。
控訴人らは、本件和解契約においては、和解の成立によつて当然に本件各免職処分の取消、依願退職の申立および依願退職処分がなされたものであつて、和解契約とは別に本件各免職処分の取消がなされたものではなく、控訴人らが本件和解成立により退職願を提出したのは、和解条項による依願退職の形式を整えるためである旨主張するけれども、これを認めるにたる証拠はない。もつとも、右和解条項第二項に「八月二十六日附で全員依願退職とすること。」とあるのは、前示和解にいたる経過に徴すると、本件各免職処分を含む被免職者二六名の免職処分を取り消して依願退職処分に改める趣旨の合意であることは明らかであるが、公務員が依願退職をする場合は通常辞職の意思を表明する退職願を提出し、これに基いて退職辞令を交付するという手続によつて行われており、本件の場合においても、和解成立に伴いその手続がとられていること、和解は対等の立場にある当事者間の意思の合致により成立する契約であるが、公務員の免職処分および依願退職処分はいずれも公権力の行使として行政庁により行われる行政処分であつて、両者はその本質的性格を異にしていること、本件和解契約の和解条項第二項中には、控訴人らに対する特別手当本俸三ケ月分は全員退職願提出後二週間以内に支給する旨の記載のあることなどの諸点を考え併せると、本件和解契約は、それ自体において免職処分の取消依願退職の申出および依願退職処分の意思表示を、当然にその内容としているものではなく、本件和解契約履行のため改めて控訴人らは自己の意思に基く退職願を提出し、これに基き横浜市長および横浜市教育委員会はそれぞれ本件各免職処分を取り消して新たに依願退職処分を発令することを約したものであると認めるのを相当とする。したがつて、控訴人らは本件和解契約成立の結果退職願を提出したことにより辞職の意思を表示し、これに基き退職辞令が交付されたことにより、控訴人らに対する依願退職処分(以下本件各依願退職処分という。)がなされ、同時に黙示的に本件各免職処分の取消がなされたもので、右はいずれも本件和解契約自体でなされたものではなく別個の手続としてなされたと認めるのが相当である。
控訴人らは、本件和解契約は憲法に違反する本件各免職処分の結果を維持存続させることを目的としたものであるから民法第九〇条により無効であり、したがつて、控訴人らに対する依願退職処分も無効であると主張する。
原審証人河村宏弥(第一、二回)、当審証人久保政吉の各証言、原審および当審(第一、二回)での控訴人佐々木修二、原審での控訴人荒井一郎(第一、二回)各本人の供述中には、控訴人らの右主張事実を裏付ける趣旨の部分があるけれども、たやすく信用できないし、他にこれを認めるにたる証拠はない。反つて、本件和解契約の各和解条項および前示本件和解にいたる経過に徴すると、本件和解契約は、本件各免職処分を含む被免職者二六名の免職処分の効力に関する紛争を双方の互譲により終了させるために、横浜市長および横浜市教育委員会は免職処分が有効であることの主張を維持することなく、これを依願退職に改めることを主たる内容としたものであつたことが明らかであつて、本件和解契約の目的が本件各免職処分の効果を維持存続させることにあつたものとは到底認められない。したがつて、本件和解契約が民法第九〇条により無効であることを前提として、控訴人らに対する依願退職処分が無効であるとする控訴人らの主張は、採用することができない。
つぎに、控訴人らは、本件各依願退職処分自体も控訴人らが共産党員又はその同調者であることを理由として、控訴人らをそれぞれ上記各職員から排除することを目的としてなされたものであるから、憲法第一四条に違反し無効であると主張する。
原審証人河村宏弥(第一、二回)、当審証人久保政吉の各証言、原審および当審(第一、二回)での控訴人佐々木修二、原審での控訴人荒井一郎(第一、二回)各本人の供述中には、本件依願退職処分が控訴人ら主張の目的でなされたとの点に添う趣旨の部分が散見せられるけれども、上記認定の本件和解契約成立に至るまでの経過および本件和解契約の内容に照してたやすく信用することができず、他に右主張事実を認めるにたるなんの証拠もないから、控訴人らの右主張も採用できない。
さらに、控訴人らは、被控訴人は本件和解契約により控訴人らを復職させる義務を履行しないので、控訴人らは被控訴人の債務不履行を理由に本訴で契約を解除したから本件和解契約は効力を失い、したがつて、控訴人らに対する依願退職処分も効力を失つたと主張する。
しかし、控訴人らの依願退職の申出、本件各免職処分の取消および本件各依願退職処分は、本件和解契約成立の結果なされたものではあるが、和解契約そのものとは別個の手続としてなされたものであることは、上記認定のとおりであるし、本件各依願退職処分は、いわゆる公定力を有する行政処分であるから、一たん有効になされた以上、権限のある行政庁によつて取り消されるか争訟手続において取り消されないかぎり、当然に失効するものではないから、本件和解契約が解除されたからといつて、右の一事でただちにすでになされた本件各依願退職処分の効力が左右されるいわれはない。したがつて、本件和解契約が解除されたことにより控訴人らに対する依願退職処分も当然に効力を失つたとする控訴人らの主張は、本件和解契約が適法に解除されたかどうかの点について判断するまでもなく、採用することができない。
そうであるとすれば、本件和解契約成立の結果、本件各免職処分は取り消され、改めて控訴人らはそれぞれ依願退職願を提出し、これに基いて本件各依願退職処分が有効になされたものであるから、控訴人らは、本件各依願退職処分により、それぞれ横浜市または横浜市教育委員会の職員としての身分を失つたものであつて、現在それぞれ右職員としての身分を有しないことは、本件各免職処分の効力となんのかかわりもないものといわなければならない。従つて、本件和解契約が無効又は失効したことを前提として、本件各免職処分並びに依願退職処分の無効を主張し、控訴人佐々木らが横浜市の、控訴人荒井が横浜市教育委員会の各職員であることの確認を求める控訴人らの本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当として棄却するのを相当とする。
よつて、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について、同法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤顕信 杉山孝 山本一郎)